ART iT Japanese-English bilingual art quarterly

Interview
ルナ・イスラム インタビュー
ポートレート:マルティナ・デラ・ヴァッレ

映画を愛し、映画史や映画的語彙に言及する作品を作りつづけてきたバングラデシュ出身のアーティスト。「c-i-n-e-m-a-t-og-r-a-p-h-y」の14文字にこだわり、世界の見方、読み取り方を探究する作家に、被写体や観客との関係について聞いてみた。


Screen Test/Unscript, 2000,
16mm film with sound on CD 8 mins.
Courtesy Jay Jopling and White Cube, London

Tuin, 1998,
16mm film on single screen and two DV projections with sound on CD 6mins looped.
Courtesy Jay Jopling and White Cube, London

Be The First To See What You See As You See It, 2004,
16mm film with sound 7mins 30secs.
Courtesy White Cube, London

Conditional Probability, 2006,
Four part 16mm film installation 6mins 43secs - 30mins 32secs.
Photo Declan O'Neill, Commissioned and produced by Serpentine Gallery, London

――ロンドンでインディーズ系映画の世界にいた10 代の頃は、アントニオーニ、レネ、ブレッソン、ブニュエル、ファスビンダー、カバーニ、フェリーニ、ゴダール、ローグらを高く評価していましたね。映画を愛し、「映画的語彙」に言及した作品を作っていらっしゃる。初期の作品『Tui(トゥイン)』(1998年)では、ファスビンダーの『マルタ』が直接引用されています。サディスティックで息詰まるような夫の視線が、女性を360度ぐるりと見回すシーン。あなたの作品は似たようなシナリオながら、オリジナルの原理を覆し、男女双方の視点をスタッフやカメラそのものを露出するまでに持ってきました。映画の言語を基本にしているだけではなく、それを覆すもののように思えます。

覆すというのが、慣習を改悪するのではなく混乱させるという意味であれば、確かにその通りです。『Tuin』は、物語の読み取りを混乱させようとしつつ、同時に違った読み方、見方を探るという試みでした。相対し、矛盾しあう物語をひとつの世界に置いてみたんです。『Screen Test /Unscript(台本のないスクリーンテスト)』や『Dead Time(デッド・タイム)』(ともに2000年)、『Director'sCut(Fool for Love) (ディレクターズ・カット(フール・フォア・ラブ)』(01年)など、当時私が手がけた作品はどれも映画の否定、それも弁証法的な昇華のプロセス――新たな解答を見出すために枠組みを破壊しながら、それ自体が次なる破壊の対象となり得るプロセス―― の一環としての否定と捉えられる。アートとしての映画制作における形式、手法、言語の探求です。

『Screen Test...』では、有名な前衛映画の(多言語の)サウンドトラックをコラージュし、複数の知人のスクリーンテストとランダムに組み合わせてみました。映画的感覚はどのように得られるのか知りたかったからです。これは照明とカメラと被写体(あるいは役柄)という要素による作品で、語られる言葉は意味のある「脚本」とは言えず、雰囲気を出したり答のない問いを投げかけたりするためのランダムな引用句です。これも、映画の幻想を覆すものと言えます。

「カメラを使って書く」

――『Screen Test...』でも『Tuin』でも、「機械的な目」が各シーンを貫いています。映画の神秘の彼岸を見せ、幻灯機の賢くも密やかな働きを露わにすることを重要視しているのはなぜですか。ときにはあなたも監督として、ブレヒト流の暗示を使って映画の幻想を壊しているように見えますが。

おっしゃる通り、ブレヒト流の一歩引く手法に似ています。動作やイメージがより鮮烈な印象になるのです。私はイメージ構築の方法にとても関心があって、カメラをさらけ出すといった行為が見る人と見ている物との関係を高めると信じています。観客を対話に誘い込もうというわけです。

カメラや私自身、あるいは何らかの装置を見せている作品には、それぞれに何を見せるかについての合理的な理由があります。『Screen Test...』では、次々に移っていく「役」が、それに光をあてる(フィルム露光のために必要な)光源の交替とともにモンタージュされており、カメラを構える私の像はほとんどの場合、反射した像になっています。自分にカメラが向いたと思った瞬間、鏡像を見るわけです。このインスタレーションではプロジェクターを部屋に置き、カメラに集まった光がフィルムに届き、プロジェクターを通じてスクリーンに映し出される様子を見られるようにしました。

『Tuin』では、出演する「役者」にビデオカメラを持たせました。ハンディで扱いやすく、ドキュメンタリータッチの映像が得られますからね。16 mmフィルムでは最大限に劇的で幻想的なやり方をしても、現実的な360度回転しか表現できません。映画とふたつの主観的な視点から一種の反響室のような効果が生まれ、観客は自分自身で方向性を見出すよう要求されるわけです。

――進行中のプロジェクトも同様に、こうした問題を扱っていると聞いています。新しい映画の制作・実験の機会を得たニュージーランド滞在を終えてのものですね。

メモ帳に「カメラを使って書く」という一文があって、我ながら感銘を受けたことがあります。「シネマトグラフィ」という言葉自体、もともとは「動きを使って書く」、さらに言えば「動きの中で記録する」ことです。写真が「光の中で書く」ことであるようにね。私はカメラを使って言葉そのものを書き、始まりと終わりがクロスする風景の上に、一種のタトゥーを施したいと思いました。

ニュージーランドではまずこのアイディアに含まれるいろいろな可能性を伸ばそうと考え、それにぴったりの映像効果を扱える人を求めました。そして出会った絶好の人物がハリー・ハリソンです。モーションコントロールのパイオニアで技師をしており、『キングコング』のリメイクや『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで活躍していました。初めて会ったのは大きな古い倉庫で、技術的な面で映画に関連のあるあらゆるものが置いてありました。幸い私の考えを気に入ってくれ、協力してくれたんです。ニュージーランドで私は、選んでおいた言葉をとても神秘的な風景の上に書く機会を得ました。でも結局、撮影場所に選んだのはハリーのアトリエだったんです。山積するがらくたや器具のクローズアップから非現実的なパノラマが開け、それがぎゅっと凝縮した空間内にある宇宙論のようなものに収斂していく。「C」の文字を空に描く戸外のシーンから始まり、続いて13個の文字とともに屋内のアトリエへと移っていく、というのがアイディアでした。私の関心は、イメージがいかにカメラによる描画や書き文字の動きに従属するかという点にあって、例えば「C」が顔の周りにクローズアップされるとしたら、実際にはその顔自体は取り払われてしまうわけです。「i」を表すなら、首から足までのポートレートを描き、そこからi の上の点を表すのに顔に飛ぶという具合です。からくりがわかった人にとっては、イメージとその画像としての効果は大して重要ではなくなる。何が意味を持つかという綱渡りが面白いところなんです。

「因習破壊」的たる所以

――『Be the First to See What You See asYou See It(自分の目に映るものを自分の目に映る通りに見るのはまず自分であれ)』の組み立て方や成り立ちは、かなり複雑で幾重にも折り重なっています。このタイトルは、映画理論家でもあったロベール・ブレッソンが瞬間を経験する大切さを語った論議を呼んだ文章と、スパイク・アイランドでの彫刻インスタレーション「カーゾン」のために、ロンドンのカーゾン・シネマの正面玄関にある彫像にあなたが残した実際の書き文字の、双方に言及していますね。さらに、水をいっぱいに入れた花瓶を割っている男性をスローモーションで写した、科学的な記録フィルムからも着想を得ている。作品では、男性が上品な女性に置き換えられ、ボーンチャイナのティーセットを優雅に割っています(ティーセットはカーゾンのときにリサーチした、英国西部クレーブドンのリサイクルショップで見つけたものですね)。こうしたお膳立てがブルーを背景に白い柱の台座に完璧なまでにセットされています。『Be the First...』によって因習破壊的というイメージが確立したと思いますが、あなたの意図はどういうところにあったのですか。

私の作品には確かにひっくり返したり倒したりという動作も含まれていますが、「因習破壊」的たる所以は、割るという行為自体よりもむしろ台座の役割にあると思います。当初はスローモーションで破裂する風船を考えていました(こちらは、できあがったばかりの『What is a ThoughtExperiment, Anyhow?(それはともかく思考実験って何?)』になりました)。撮影の段になってカップを見つけ、スパイク・アイランドの美術館で仕事をする間に、作品がどんどん自然に形になっていったんです。ひとつの棚には台座が入っていて、ほかのにはペンキが入っていました!それに聞いたところでは、スパイク・アイランドはつい10年前までティーバッグを作る工場だったとか。その後すぐ、機械や労働者であふれる「美術館に似た」場所の写真を見つけて、繊細な磁器を割るという動作が頭の中で工場労働者と結びつく、詩的な瞬間が訪れたんです。

でも、(他の作品でもそうですが)意味は明記していません。UCLAハマー美術館での発表に文章を寄せてくれたジャネット・オーウェンは、私がバングラデシュにルーツを持つことから、割るという動作が大英帝国植民地の崩壊に結びついていると解釈しました。私の作品は見る人によって多様な側面があり、それぞれに解釈できると思います。

―― バングラデシュでは、『First day of Spring(春の訪れ)』(05年)を制作していますが、普段の制作の仕方と違ってまる一日で作られたからか、即興的な含蓄があります。一方で『ConditionalProbability(条件付き確率)』は、北ウエストミンスター・コミュニティ・スクールで撮影され、2週間という日程でした。進歩的で多民族のロンドンの学校は、過去の大英帝国のステータスとは対極にあるような気がします。若い生徒たちと日常の経験について話をすることで、この特定の年齢層と環境の中で適応力が問われることに焦点を当てようとしたのですね。

プロジェクトへの取り組み方は毎回違います。『First day of Spring』を制作したときは、1日で4つの映画のアイディアが浮かび、それを3日で撮った内のひとつでした。『Be the First...』はご指摘の通り、何年も前からの影響に思いつきや出会いが重なりました。学校に依頼された仕事では、撮影準備に全部で9ヶ月かかりました。

『First day of Spring』では、社会経済的には脇役を演じている人力車の車夫に、舞台の中心に立ってもらいました。『Conditional Probability』では、生徒たちに自分の映画を演じることを求めました。ただし、よくあるドキュメンタリーではなく、筋書きのあるドラマも避ける。こうしてできたのが4つのパートに分かれた作品で、生徒たちとの関わり方も4種類あります。その内のひとつは、実際のスクリーンテストで生徒がひとりずつ、「自分の人生を映画みたいだと思うか?」といった一連の質問に答えるというものです。名前、年齢、出身国などについては彼らが誰だかわかる。面白いのは、生徒の多くが最近かいまも戦争状態にある地域の出身だったことで、それ自体がひとつの物語になりました。でも、その前の会話では、生徒たちは自分の過去よりも現在の状況や未来を見つめています。別のパートではワークショップに参加させ、自分がいま持っているもの――携帯、iPod、タバコ、コンドームなど――をもとに役柄を作らせました。生徒たちの考えや声に直接触れようとする私なりのやり方です。メインのパートは、大まかな台本に基づく対話なのですが、これはその台本を生徒たちが演じ、架空でも実在でもいいから、ある場所ある時間でのスナップショットとなるような小作品をいくつも作るという方法でした。

「私が私が」というものではない個展

―― 来年は、大規模な巡回展が予定されていますね。ご自身で作品を選び経路を作るだけでなく、より批判的で理論的なアプローチで考えているとか。マイク・ケリーの『Uncanny (不気味なもの)』展は彼にとって最大規模のインスタレーションとなったグループ展でしたし、リクリット・ティラヴァニのポンピドゥーでの個展では展示作品はなく、いくつかの特定の作品を再現するようなパフォーマンスが行われているがらんとした空間があるだけでした。あなたのアプローチはどういったものでしょう。

今回は、個展を新しいプロジェクトの一環と考えたいと思っています。新しい映画は何本か作る予定ですが、いま考えているのは、ひとつのまとまった表現ではなくて、一連のスケッチを作ることです。「c-i-n-e-m-a-t-o-g-r-a-p-h-y」の作品が出発点になると思う。これまでの経験のさまざまな側面を見せる、モザイクのような展示にしたいですね。ほかのアーティストを呼んで一緒に仕事をしてもらい、「黒い立方体ブラッキューブ」のオルタナティブとなるような映写空間を作り出したいとも考えています。そしてできれば、所蔵品と連動させて個展との共鳴を目指したい。ウィーンのMAKでの、エルキ・クリシュトフェクの個展『Liquid Logic(流動する論理)』には感動しました。制度の中での自分の立ち位置ややり方を、批判的な目で吟味していたんです。

大規模な個展は、交流や協働の中から作家その人がにじみ出てくることが多いと感じています。つまり、「私が私が」というものではない個展を考えているんです。

初出:『ART iT 第16号』(2007年7月発売)。


runa islamRuna Islam (ルナ・イスラム)
1970年、ダッカ生まれ、現在はロンドンに在住。マンチェスター市立大学とミドルセックス大学を卒業後、ロンドンの王立美術院で哲学修士号を取得。アムステルダムの国立美術アカデミーに滞在後、スパイク・アイランド(ブリストル)、IASPIS(ストックホルム)、トゥー・ルームズ(オークランド)に短期間滞在。2000年にロンドンのFig-1 Project Spaceで初個展。以降、02年、ミット・リスト・ビジュアル・アーツ・センター(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)およびウィーン美術館で、04 年にシュウゴアーツ(東京)で個展を行い、05 年にはヴェネツィア・ビエンナーレに招聘され、ドゥンケルス・カルチャー・ハウス(スウェーデンのヘルシンボリ)、カムデン・アーツ・センター(ロンドン)、ホワイト・キューブ(ロンドン)、MART(ロヴェレート)でも個展を開いた。06年にはサーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)で、07年にはベルゲン・クンストハルおよびオスロ国立美術館で個展開催。これまでにシャルジャ・ビエンナーレ(01年)、台北ビエンナーレ(02年)、イスタンブール・ビエンナーレ(03年)、プラハ・ビエンナーレ(05年)、セビリア・ビエンナーレ(06年)、光州ビエンナーレ(06年)に参加している。08年にはゲントのSMAKによる回顧展が企画されており、一部がチューリッヒ美術館、モデナ市立美術館にも巡回予定。