ART iT Japanese-English bilingual art quarterly

Interview
さわ・ひらき
ポートレート:ロナルド・ディック
インタビュー・文:伊東豊子
sawa photo
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Hako, 2007
Six channel video installation, 12mins each
Top to bottom: "for a moment", "moss", "fragments", "talking to the wall"

自室の風景などを舞台に、詩的な虚構を巧妙にちりばめた映像で注目を集める作家。ごく私的なようで、しかし観る者が自由に解釈できるその作品世界の背景にあるもの、そして最新作の制作姿勢について聞いた。

――デビュー作のアニメーション映像「dwelling(住居)」は飛行機という少年的なモチーフが印象的でしたが、どんな子供でしたか。

ごく普通の子供だったと思いますよ。裕福でもなければ貧しくもない普通の家で育って、実家が田舎でしたからよく田んぼの間を走って遊んでました。ゲームもそんなに熱中した覚えがなくて、どっちかっていうとそんな中途半端さがコンプレックスなくらいで……。ただ、そのころから物を作るのが好きでしたね。5歳のときに引っ越したんですけど、行った先が新興住宅地で、あたりには家がぼんぼん建てられていました。それで、工事現場などで木の端切れを拾ってきては、金槌や鋸などを使って船とかを作って、川に流して遊んでいました。

―― 高校卒業後、イギリスの美大に留学して造形を専攻したわけですが、そのあと突然ビデオに転向しますよね。

小学生のころから家に父のパソコンがあったので僕も触っていましたが、大学を卒業するまでそれを使って制作することはほとんど考えていませんでした。それよりもむしろ手で立体造形を作ることに興味がありました。それが、学部のあと1年休学している間に友人の手伝いで初めてアニメーションソフトを使うことになり、独学でああでもないこうでもないって苦戦していたら、それがとても面白かったんですね。そのはずみで作ったのが、あの飛行機を使った「dwelling」でした。

――ビデオのどういう点が魅力でしたか。

ひとことで言うと「しっくりきた」。僕の頭の中にある想像やイメージが何だか手を伝わって流れ出すようなメディアだったというか……。僕の使っているソフトでは図工的な作り込みができるんですね。自分でそろえたパーツがいろいろとあって、コンピューターの中で作品の構成を練っていくときに、そのパーツを3次元的な素材として載せていき、物の動き方からそれにかかる時間、影などの出し方まで全部自分でコントロールできるというか。それによって僕の表現したいものが素直に吐き出せるんです。

――コンピューターを使ったコラージュみたいですね。

そうですね、動くコラージュかな。コンピューターで作っているんですが、3Dモデリングではないので一般的に言われているCGではないし、基本的に自分自身で素材を集めないといけないんです。つまり、自分で写真やビデオを撮って、それを切ったり貼ったりして。VFXの初歩と似ているかもしれません。僕は基本的に「動き」が好きなのですが、絵画などと違ってビデオでの美術表現では、時間を意図的に組み込めて、イメージの中にある“モノ”を「XYZ」の空間軸と「T」の時間軸を使って動かすことができます。僕はビデオのそういうところが特に気に入っています。

背伸びをしない等身大の表現

――その図工的作り込みの結果、さわさんの作品には現実と空想が混ざったパラレルユニバースが生まれ、その浮遊感が魅力のひとつになっていると思います。

パラレルユニバースも浮遊感も、ある意味で当たっていると思います。嘘なのか本当なのかよくわからない曖昧な領域を制作の過程でもいつも意識していますし、自分の主張のようなものもはっきり出していません。作品を通して「これを理解して!」っていう表現をするよりは、作品を観た人がそれぞれの想像の中でその曖昧領域を共有して楽しめることのほうが、僕には大切に思えます。

――イギリスには学術理論や社会問題に言及する作家が多いように感じますが、さわさんの場合、視点がもっと個人的で身近ですよね。

イギリスに来て何年経っても部外者という意識があって、常にこの国を傍観している客観的な自分がいます。でもそれでいて、僕の母国である日本の何かを表現するには経験が無さすぎるし、そもそも僕の表現したいものの出発点がそこにあったわけでもないんです。この宙ぶらりんな現状を無意識に補おうとしているのか、たぶん僕は、自分の手の届く範囲にある、存在はしているんだけどどこか曖昧なこの現実を形にしようとしているのかもしれません。ただでさえ曖昧な現実をさらに曖昧にすることで、見えるかもしれない現実を表そうとしているとでもいうのか……。いまここにいる自分が背伸びをしないで日常の中に見える現実を形にしようとしているから、視点が個人的になってしまうのではないでしょうか。

――さわさんにとって制作は、作っていくうちに現実が徐々に明確になっていくような、探求的プロセスでもあるようですね。

僕だけじゃなくて、そういう作家って結構多いような気がしますが……。つまり、言いたいことが先にあって作るのではなくて、興味や思考の柱が漠然と中心にあって、その周りで作品を制作していく。で、それを続けていって、ある程度経ったときに一歩離れて見てみて初めて「ああ、私が表現したいのは、たぶんこれだ」って悟るんですよね。で、次に、それを壊してまた再構築してみると、今度は過去の自分と同時に次の課題が見えてくる。だから僕たちの世代はある意味で弱いのかもしれません。そのデカい柱を自身が表に出さないから。でもその一方で、構築・破壊・再構築を繰り返すことによって、より味わいの深い作品が多く生まれているようにも感じます。

真偽の曖昧な世界観に惹かれて

――去る9月にロンドンのチセンヘール・ギャラリーで発表した「Hako」で作風がだいぶ変わりましたが、これは「壊してまた再構築」してみた結果でしょうか。

「一度壊してもいい時期かもしれない」と思いました。同じような作品を作ろうと思えば作れてしまう状況でしたが、それじゃ流れの一部でしかなくなってしまいますよね。でも、今回の作品は手放しに作ってみたかったというか、「僕がやれば全部作品だ」っていう無責任な手放しではなくて、素(す)で作品を作っていくとどういう形になるのか試してみました。今回もまた核となるアイディアは表に出さず、引き出しの中から好きなオモチャを選ぶように、気になるビデオをランダムに6個集めて、それをグループ化して作品の空気を作ろう、と。

――ビデオの舞台が、従来作に多かった自宅の中から、海岸や森など外界に移り、実写色が濃くなりましたね。でも、実在の場所にしてはどこか嘘っぽいような。

今回のテーマはそこなんです。いままでにも増して、「本物なのか嘘なのかどっちだ?」って考えてしまう不思議さに関心があったんですね。たとえば、「fragments」という題の、時計を撮ったビデオがありましたよね。あれは5cmくらいのオモチャの時計のクローズアップ映像なんですけど、ビデオの中でも正しい時刻を表しているんです。会場の時刻が3時になればあの時計も3時に、5時になれば5時にって。

――そうだったんですか? そこまで凝っていたとは気がつきませんでした。

僕のビデオは基本的に全部曖昧な嘘なんですよ。ドキュメンタリー映像作家でも写真家でもない僕の立場はそもそもが宙に浮いたようなもので、嘘をつきながら、作品を作り込んでいく感じです。その嘘も劇的なものじゃなくて、できるだけ本当っぽく工夫したものを。実は今回、「Hako」用に部屋の模型を木で作って、それを撮影してビデオにしたんですが、今後、ビデオ作りのプロセスにこういう造形的な部分をもっと入れていこうかと思っているんです。せっかくスタジオも引っ越したし、子供のころから大好きな図工ができるので。

初出:『ART iT 第18号』(2008年1月発売)


さわ・ひらきさわ・ひらき
1977年石川県生まれ、ロンドン在住。2000年、ユニバーシティ・オブ・イースト・ロンドン卒業。03年、スレード・スクール・オブ・ファイン・アートで美術学修士号取得。『Hako』(チセンヘール・ギャラリー、ロンドン、07年)など個展多数。08年は同展がスペインのカハ・デ・ブルゴス芸術センターへ巡回。同展での作品は現在、東京の国立新美術館で開催中の『アーティスト・ファイル2008』展に出展中(3.5 - 5.6)。

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