ART iT Japanese-English bilingual art quarterly

Interview
ミヒャエル・ボレマンス 「静かな謎」の世界
ポートレート:永禮賢
取材・文:内田伸一
Michael Borremans
Fixture, 2008
Oil on canvas, 40 x 50 cm
Michael Borremans
Commutation, 2008
Oil on canvas, 40 x 50 cm
Michael Borremans
The German, 2004-07
Scale model, mixed media, 35 mm film transferred to DVD
Michael Borremans
The Field, 2007
16 mm film
Michael Borremans
The Feeding, 2006
35 mm film transferred to DVD

All images © Michael Borremans
Courtesy Zeno X Gallery, Antwerp and Gallery Koyanagi

静けさを作る、という行為があるとすれば、ボレマンスの絵画はまさにそのお手本のようでもある。冷徹なまでの繊細さと、美しい暗色とを基調に描かれる人々の姿。個人的な儀式に勤しむようでもあり、日々の暮らしのある瞬間に魔法をかけられ、無限の運動を――そうとは知らされずに――繰り返すようでもある。いったい彼らは何者で、どんな物語を生きているのか。日本初個展『Earthlight Room』でも、その「静かな謎」とでも言うべき世界が展開される。

「彼らが実際に誰であるか、何をしているかに特別な意味はありません。これらはもっと普遍的、象徴的なメタファーなのです。私はさまざまな人を描きますが、どれも特定の個人の肖像としてではなく、一般的な“人間”です。何かをしたり、作ったりしている状態そのものを描いています。過去に多くの画家がそうしたように、私の作品が肖像画のような形をとることもあります。けれど、私が描くものはいわゆるポートレートではない。その形式を借りているだけです」

確かに、匿名性を帯びたこれらの人々やその謎めいた動作が、ときに19世紀の肖像画のような雰囲気で描かれる点も印象的だ。

「すべてのアーティストは過去の作品から影響を受けます。ただし、リスペクトというよりリフレクトであり、リコーポレート(再統合)です。ブルース・ナウマンは過去を踏まえているけど、現代的ですよね。先日訪れた法隆寺宝物館(編注:谷口吉生設計)の建築も、とても古風かつ普遍的で、同時に現代的でもありました。良いアーティストは、過去を破壊するだけでなく、さまざまな方向に発展させることができる。アグレッシブで、革新的なものにね」

重要なのは作品を観た者がどう反応するかで、それが彼の最大の興味だという。興味といえば今回、人間の姿だけではなく、静物を描いた1枚もあったのが興味深い。

「コルクの栓を、人々を描いたのと同じ室内で、同じ照明を当てて描いています。最初この展覧会では、すべてのものが同じ部屋に、同じ光のもとに置かれる、という条件でのペインティング群を考えました。『月の淡く照る部屋』という意味の展覧会タイトルは、これに関連しています。人間をオブジェのように描いて、何が起こるのかを見たかったからで、一種の実験です。今後も何らかの形で続けるかもしれません。でも、過度にコンセプチュアルな作品には、想像の余地がない。それは私がやりたいことではありません」

活動の初期から発表してきたドローイングには、よりシュールな世界観のものが多い。まるで舞台装置のスケッチのような1枚は、ミニチュア風の立体作品(「The German」)としても展示された。

「私のドローイングは、ペインティングやインスタレーションのためのプロポーザルです。舞台装置のようだとの感想ですが、それが劇場で実現できるかどうかはどうでもいいのです。私は想像の世界が好きですし、誰かが何かを想像できたとき、それはもう現実だとも言えます。観る人が、各々の思うように観てくれればいい。筆者がいて、読者がいる、といったように。両者の共同作業で初めて作品が成立するのです」

数年前から取り組み始めたという映像作品も展示された。だが、これも彼にとっては「絵画」だという。

「映像も絵画のように展示します。最初から終わりまで観なくてもいいし、通り過ぎてもいい。暗い部屋に入り、さあ映像作品を鑑賞しますよ! といった形は好きではありません。作品が、ただ美しいものとしてそこにあってくれればいい」

その映像作品のひとつ「The Field」は、腰から下が唐突にテーブル状の平面となった少女を、静謐なカメラワークで映し続ける(同じモチーフのペインティングも展示されている)。感情を濾過されたような瞳で体を回転させるその姿には、彫刻的な要素も感じられる。

「そう、動く彫刻とも言えますね。ただし、これはただのイメージであり、幽霊みたいなもの。手にとって触れることはできません。試みに彫刻的なものも作ってみましたが、それはどうも“リアル”過ぎて、私の頭の中にある世界とは違和感がありました」

最後に、作家としての評価が急速に高まった結果、世界各都市を訪れることは制作にも影響するのかを聞いてみた。

「何かしらの影響はあるでしょう。そういえば、影響とは違う話ですが、こんなことがありました。今回の展示作『The Feeding』は他の作品同様、日本文化とは何ら関係なく作ったのですが、来日して訪れた天ぷら屋の調理場の風景が、この作品にとても似ていて驚きました。不思議ですね。忙しくなって何かが変わるかについては……私は展覧会のために制作したくはありません。現代作家、それも成功している作家は、どんな作品を、いつ、どんなタイトルで発表するのかなど、いろいろ言わなくてはいけないようです。でも、私はそれを考えていたら良い仕事ができない。何かに支配されずに、制作したいですね」

「静けさ」から豊潤な世界を引き出す絵画――そのつくり手らしい言葉でもある。

 

登録日:2008年12月10日



Michael Borremans ミヒャエル・ボレマンス
1963年、ヘラーズベルヘン(ベルギー)生まれ。90年代よりグループ展などで作品を発表する。2004年には美術館でのドローイング作品の初個展を開催。現在はゲントを拠点に制作を行う。日本初個展となる『Earthlight Room』が、ギャラリー小柳で開催中(12月12日まで)。